Kitchin

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サンフランシスコで最後に住んだアパートのキッチンである。
あの街らしく小さいキッチンだが、日本の住宅を見た後だとじつはこれでも広いということが分かる。
アメリカの標準は4口のガス台であり冷蔵庫も日本より大きいから、実際にはこの部分だけで6畳ほどの広さになるかも知れない。
以前のアパートは大変に広いキッチンだった為に、最初この物件を見たときは少し落胆した記憶がある。
料理をする時と洗物をする時で体を180度回転させなければならないのにも抵抗があった。
アメリカのアパートは基本的に冷蔵庫とガス台が付いている。そして、皿洗い機とオーブンも標準装備である。
サンクスギビングデーの時はターキーを焼いたりするから、あの大きな鳥が入るサイズだ。日本では業務用としてしか普及していない大型だろう。

私はいま神奈川県の空き家に住んでいる。
家の持ち主がいなくなったのであたかも留守番の如くそこで暮らしているのだ。
前回も書いたように仕事はしていない。無収入でいろいろ家具などを揃えると結構フトコロが痛い。しかし、取り敢えず自由に使わせて貰っているだけで感謝すべきだろう。大変幸運なことに歩いて5分もしない所にリサイクルショップがあるから、いろいろ安い物が見つかりそうだ。とにかく物がなくて探すのもひと苦労だったグァムとは大変な違いだ。
先日駅前の店で購入したナベはひとつが800円ほど。もうひとつが1300円ほどだった。どちらも高品質でさすが日本製という感じである。
アメリカ本土でこのような日用品を買うのはアジア系マーケットが良いのだが、もちろん日本製ほどの品質は期待できない。デパートで購入するとナベひとつが60ドルほどしてしまうのである。

毎日思うこと、それは「定年退職した人って、皆このように空虚な気分なのだろう。」ということだ。
アメリカに居る時は日本に行くことが現実逃避だから楽しかったのである。日常の煩わしさから解放されて日本に居る限り毎日が日曜だから幸せだったのだろう。
しかし、本当に毎日が日曜だとつまらないものだ。
誰からも必要とされていない。物事に締切りがない。
またアメリカに戻ったらこんなお気楽な暮らしはできないと知っている。だからこの空しさを感じられる余裕ある毎日に感謝すべきなのは分かっている。
居場所だけはある。しかし、それ以外なにもなく自分の存在も必要とされない暮らしは変なものである。ずいぶん贅沢な悩みを言ってしまった。