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Yahoo ブログから一度は HATENA blog に移ってみた。
しかし、何かがうまく行かなかったらしく、お気に入りをクリックしてもHATENAに変わらない。
結局、ほとんどの人は私がブログを打ち切ったと思っているのだろう。
今は、Livedoor で続いている。
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HATENAブログは、写真サイズを選べるのだろうか?
まだ何も分からないのだが、取り敢えずこちらで少しやってみるつもりだ。難し過ぎると感じたらAmebaに行くことも考えている。
ラスベガスのアパートは広大な敷地内に2階建て程度の家を建て、何十世帯も入るつくりが多い。入口にはこの写真のようなセキュリティーが常駐している。住人はリモートでゲートが開けられるようになっていて、訪問者は誰の家に行くのか次げるとゲートのスイッチを操作してくれる。敷地は本当に広く、歩くと1周15分かそれ以上かかる。
スイミングプールやスポーツジムの付いているアパートが多く、住人は無料で使える。
洗濯機・乾燥機・給湯・冷房その他の設備は最初から家賃に含まれていて、フィルター交換は無償、修理や買い替えも無料である。
ゴミの回収費用も無料だから、入居者が払うのは電気代と通信費だけだったような気がする。
日本でいう2LDKは1000ドルくらいが最近の相場になったかも知れない。しかし、バスルーム二つと小さな倉庫がついて管理費も込みなら安いほうだろう。駐車場も無料だ。実質的な広さは日本のアパートの3倍くらいだろうか。10年前なら今の半分が相場だったから、ずいぶん高くなったものだ。
Early 1980's

正確な場所は思い出せないが、パーキングメーターがないから表通りではなさそうだ。しかし、たとえ裏通りでも後方の車は反対向きに停まっているので、駐車違反のチケッを切られるおそれがある。
日本では駐車違反でも点数が付くらしい。アメリカでそのような所は少なく、反則金を払うだけだ。サンフランシスコは一般的なアメリカの都市と異なり、駐車場所が少ない。そうなると料金も高くなってくるわけで、最近は公共交通機関を使う人が増えた。バスや電車が発達し、カーシェアリングやバイクシェアリングも定着したあの街ならではのことだ。
このシビックは日本製の北米仕様である。
まだ日本国内はフェンダーミラーが義務付けられていたから、ドアミラーの輸出仕様は大変に格好良く見えたものである。バンパーも日本国内用とは異なる。
エンジンはどのくらいのサイズだったのだろうか?
今は技術が進歩したから小さい排気量でもなんとかなるが、昔は日本のエンジンだとアメリカの交通状況についていけなかった。1960年代の日本車は、フリーウェイで合流することさえ危険なほど加速が悪かったのである。
車体側面にあるのはただのサイドマーカーライトで、日本のように方向指示器の役割はしない。昔の法律はなぜそうなっていたのか分からないが、側面につく指示器がなく、その代り車幅を示すライトが義務だったらしい。
フロントのライセンスプレートが曲がっているのは、何かに当ててしまったからだ。前のプレート自体不要としている州が多いほどだから、これを曲げてわざわざ読み難くしようとするもの好きはいない。
At The Airport

なんとなく日本と違うのは広いからだろうか?
日本の空港は狭い。したがって店も小さい。ところが商品はじつに魅力的なのである。
最近まったく新しい写真がない。そのうち撮ってくる必要がありそうだ。
今日の面白い話題。
サンフランシスコは、ピザ同様マリファナのデリバリー店があるそうだ。
ロスアンゼルスにもあるのだろうか?
オーダー用のメニューを見てみたいものだ。
日本の人は知らないだろうが、マリファナもワインなどと同じく味や香りでいろいろなブランドが売られているのである。
Las Vegas

何度も飛行機に乗る私は、たまにこうして空いているものに当たる。
搭乗率1割以下だったようだ。
もし日米間の飛行機がこんな状態だったら、何度でも乗りたい。
ここまで乗客にとって理想的でなくても、ひとり旅の私は横が空席であればそれで良い。
短時間のフライトなら違いは少ないが、太平洋線などの場合は横があいているかどうかが快適さに大きな違いを生む。もちろん、隣が自分の仲間であれば空席でなくても構わない。
今回紹介する動画は、説明が字幕だけなので嬉しい。これなら繰り返しの視聴にも耐える。
そして、ベラージオホテルを正しくベラッジオと言っていることや、噴水ショーが夜なら15分おきに「見られる」と書いてあるのが良い。ここを「見れる」と書いてしまうと急に安っぽくなってしまうのだ。
一部のレンタカー会社は免許証の自動翻訳機を備えていて、国際免許不要だそうである。
ということは・・・、今までまったく知らなかったが、ネバダ州は日本の運転免許証が有効ということだ。
https://www.youtube.com/watch?v=aHt3UDpyImY
SUBARU USA

その時、5台ほどの古い車が展示されることになった。いつもは会社の倉庫で眠っている動態保存車らしく、ライセンスプレートが付いていない。
会社からこの場所までは、ハイウェイパトロールが先導してきたそうだ。このスバルは米国用に大きなエンジンが搭載されていたはずだが、それでもフリーウェイの最低速度(45mil/hr)で走ることはできなかったと推測するから、CHPの先導が絶対不可欠だったのだろう。
詳しい人が見ると、日本仕様とのいろいろな相違点が分かると思う。
私が気づいたのは、ワイパーが右ハンドル用のままだったということだ。
最初から公道を走る前提にはなっていなかったと思うが、小さなワイパーがこのように左右逆だったら、雨の日はほとんど役に立たなかったと考えられる。
1970年頃、アメリカにも極めて僅かながら軽自動車が輸入された。
しかし、私有地内で庭仕事の用具を運ぶ以外にはまったく使えない物だったらしく、オモチャ以外の何物でもなかった。
未登録の車両でも、警察が先導してくれたら公道走行できる。
この駐車場のようにあいている私有地で、免許取得前に運転の練習ができる。筆記試験に合格したら公道で練習しても良い。
日本とはだいぶ事情が違うのである。
