Motorcycles (1)

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1966

左の上から3段目が初めて買った二輪である。
ここに紹介されているのは80K10-2という後期型。私が実際に持っていたのは旧型の80Kだ。本をただ置いて撮っただけの為、左側の写真は僅かに全長が短く見えてしまう。
まだ分離給油方式がなかった頃の製品で、ガソリンスタンドに行くと混合燃料専用のポンプを使うなど、少しばかり肩身の狭い思いをする二輪だった。たぶん今の人は2サイクル用混合燃料など聞いた事もないのだろう。
購入したのは上野の二輪専門店で、昔は東上野に何件もそういう店が建ち並んでいた。何もかもがのんびりしていた時代だから代金を払えばその場で現物を渡してくれて、厚紙に適当な番号を書いた自作のインチキナンバーで上野から浦和まで乗って帰ったものだ。
ヘルメットも義務づけられていなかったし、二輪の免許を取る時も父親のスーパーカブを自分で無免許運転して試験場まで行けた時代である。
自動二輪の免許を取得したのは16歳。実際にこのSUZUKI-80Kを買ったのは18歳くらいだったと思う。
黒いフロントフェンダーがおじさん的で少し嫌だったため、そこだけ銀色に塗装して乗っていたような記憶がある。
何年これに乗っていたかは忘れたが、すぐにこれより大きな二輪が欲しい気持ちが抑えられずHONDA-CB125に買い換えてしまった。
あの頃は2シリンダーの二輪に憧れていた。しかし、CB250は高過ぎるしYAMAHAが出していた90ccのツインマフラーは小型過ぎて選考対象に入らなかった。もちろんすべて中古二輪である。
友達だった女の子は親に内緒でそのYAMAHA90ccを買い、近所の家に隠し置いていた。彼女はバーでエレクトーンを弾くアルバイトをしていたり、いつの間にか自動二輪の免許を取得していたりと、あの時代にしてはなかなか進んでいた娘だった。小柄なのに胸が大きくミニスカートから出る脚がすごく綺麗なロングヘアーの娘だった。有名女子高に通っていて成績も良かったらしいのに字が下手で、手紙を読むのに苦労するのも面白い特徴だった。
僅か90ccでツインマフラーの二輪が存在した事実など、知っている人さえ少ないと思う。